第3回学習会(2019/2/28)

伊藤周平(鹿児島大学教授)「あるべき社会保障改革と財政問題」


2019/2/28 第3回学習会「あるべき社会保障制度改革と財政問題」伊藤周平(鹿児島大学法文学部教授)が、衆議院第一議員会館の大会議室にて130名の参加で開催されました。 (案内チラシはこちら)

 講演では、社会保障費削減による危機的実態とともに、「社会保障費を賄う税財源は消費税しかない」という政府宣伝のまやかしと、それに対する運動方向ついて語られました。動画はUPLANさんによるものです。

当日資料は「資料ページ」を参照ください。なお、次回学習会は、地方選挙が終わった5月の半ばを予定しています。

ダウンロード
2019-4-8 三回の講演概要、アンケート意見抜粋、経済政策についての政党への
PDFファイル 678.4 KB

【議員さんの参加状況】 予算委員会の山場と重なり、議員参加の極めて難しい日でしたが、下記の議員さん、秘書さんが短時間でもご参加下さいました。 

【議員本人参加】 9名
・立憲民主党会派:森山浩行、手塚仁雄、本多平直、小川匡則、福田昭男、黒岩宇洋、伊藤俊輔、
・国民民主党会派: 西岡秀子 
・共産党: 笠井亮
【秘書参加】 14名
・立憲民主党会派:  岡田克也、辻元清美、佐々木隆博、長浜博之、川田龍平、大河原まさこ、石川大我(候補予定者)
・国民民主党会派: 徳永エリ、浅野哲
・共産党 山下芳生、笠井亮
・自由党 山本太郎
・無所属 柚木道義、広田一



「あるべき社会保障改革と財政問題」

 

税制改革と介護保険制度改革の方向を中心に

 

議員と市民が共に学ぶ連続学習会-99%のための経済政策/第3回  2019/2/28

 

伊藤周平(鹿児島大学)

  

1 安倍政権のもとで進む社会保障削減

 

安倍晋三政権は、社会保障制度改革の名のもと、社会保障費の抑制や削減(以下「社会保障削減」という)を進めている。2018年度予算では、医療・介護を中心とした社会保障費の自然増分は、概算要求段階の6300億円から5000億円に抑えられ、安倍政権の6年間で、医療崩壊をもたらしたといわれた小泉政権時代を上回る1.6兆円もの削減である。2019年度予算案でも、6000憶円と見込まれていた自然増が1200憶円圧縮され、4800憶円に抑えられた。75歳以上の高齢者に適用されてきた後期高齢者医療保険料の軽減措置が廃止され、生活保護基準や年金給付の引き下げが断行されている(生活保護の生活扶助費は、201810月から3年かけて、約160億円が削減される)。

 

社会保障の中心をなす社会保険制度(年金・医療・介護)については、保険料の引き上げ、給付水準の引き下げ(マクロ経済スライドによる年金水準の引き下げ)、給付要件の厳格化(特別養護老人ホームの入所対象者を要介護3以上に限定など)、患者・利用者の自己負担増が次々と断行され、保険料や自己負担分を払えない人が、必要な医療や介護サービスを受けられない事態を招いている。また、年金から天引きされる保険料の増大や年金給付の減額は、年金生活者の生活困難を増大させている。

 

日本国憲法(以下「憲法」という)25条1項は、国民の「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を明記し、同条2項は「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」と規定している。憲法25条の規定を踏まえ、社会保障を定義するならば、失業しても、高齢や病気になっても、障害を負っていても、どのような状態にあっても、すべての国民に、国や自治体が「健康で文化的な最低限度の生活」を権利として保障する制度ということができるそして、保障されるべき生活水準は、生存ぎりぎりの「最低限度の生活」(ヒトとしての生命体を維持できるぎりぎりの生活)ではなく、「健康で文化的な」ものでなければならないと解される。

 

しかし、日本はこうした社会保障が脆弱で十分機能していない。生活保護世帯は過去最高を更新し、貧困率は国際的にみても高い水準にあり(国民の6人にひとりが貧困線以の生活)、ひとり親世帯の貧困率は先進諸国で最悪水準、子どもの虐待件数も過去最多を更新し続け、高齢者の孤立死・孤独死も増大、家族の介護疲れによる介護心中事件、親亡き後の将来を悲観した障害者の心中事件も後を絶たない。過労死・過労自殺の労災認定の申請も増加し、2017年度は、長時間労働など仕事が原因でうつ病などの精神疾患を発症して労災認定を受けた人は506人で(98人が自殺・自殺未遂)、過去最多になっている(厚生労働省発表)。貧困にあえぐ母子世帯や年金生活者などの生活実態は、とても「健康で文化的な最低限度の生活」とはいいがたいだろう。

 

一方、この間、財務省を中心とする政府により、マスコミを動員して、増え続ける社会保障費を賄う税財源は消費税しかないという宣伝が執拗に繰り返されてきた。そのため、多くの国民が「社会保障財源=消費税」という呪縛にとらわれ、そう思い込まされてきた。

 

そして、2度にわたり延期されてきた消費税率10%引き上げが本年10月に迫り、安倍政権は、増税の実施を閣議決定、軽減税率の導入や幼児教育・保育の無償化などを打ち出し、景気への影響を最小限に抑えようとしている(そこまでするのであれば、引き上げなければよいのだが)。しかし、現在の経済状況のもとでの消費税増税は、深刻な消費不況を引き起こすだろうし、とくに複雑な軽減税率の導入は、大混乱をもたらすこと必至である。

 

ここでは、安倍政権の社会保障制度改革の様相を介護保険制度改革について概観したうえで、社会保障財源としての消費税の問題点を指摘し、消費税に依存しない社会保障財源の確保、そのための税制改革と介護保険制度改革の方向性を提言する。

 

 

 

2 介護保険制度改革の動向

 

(1)介護現場の疲弊と医療・介護一体改革

 

安倍政権のもとでの社会保障削減が最も顕著なのが医療・介護分野である。中でも、介護保険制度は、社会福祉基礎構造改革の先駆けと位置づけられ、それをモデルとして社会福祉法制の再編が行われてきた経緯があり、また、介護分野では、医療分野の日本医師会のような強力な圧力団体がなく、当事者団体も脆弱なことから、制度見直しのたびに、徹底した給付抑制と負担増が進められ、介護現場の疲弊が進み、介護を担う介護職の労働者(以下「介護職員」という)の人材不足が深刻になっている。

 

介護保険法は、予防重視を標榜し新予防給付を導入し、初の大幅改正となった2005年の法改正以降も、3年ごとの介護報酬の改定に合わせる形で頻繁に改正が繰り返されてきた。近年の改革では、団塊の世代が全員75歳以上の後期高齢者になる2025年をめざして、医療・介護の一体改革として、地域包括ケアシステムの構築という名目で進められている。ここで、地域包括ケアシステムとは、「持続可能な社会保障制度の確立を図るための改革の推進に関する法律」(以下「プログラム法」という)によれば、「地域の実情に応じて、高齢者が、可能な限り住み慣れた地域でその有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう、医療、介護、介護予防、住まい及び自立した日常生活の支援が包括的に確保される体制」と定義されている(4条4項)。要するに、医療・介護が必要な高齢者に対して、住まいも含めて医療・介護を一体的に提供する体制というわけである。

 

この点、社会保障制度改革国民会議の報告書(2013年8月)は、比ゆ的に「高度急性期から在宅医療までの一連の流れ、容態急変時に逆流することさえある流れにおいて、川上に位置する病床の機能分化という政策の展開は、退院患者の受入れ体制の整備という川下の政策と同時に行われるべきものであり、川上から川下までの提供者間のネットワーク化は新しい医療・介護制度の下では必要不可欠となる」と述べている。ここでいわれている「川上」の政策が、病床削減による医療費抑制であり、病床の削減などで増大する退院患者の受け皿として想定されているのが、「川下」の政策に位置する「地域包括ケアシステム」で、その中心は介護保険サービスである(国民会議報告書にいう「医療から介護へ」)。

 

しかし、介護保険は、そもそも、必要なサービスを十分に保障する仕組みではなく、改革による給付抑制や負担増により必要なサービスを受けられない人が新たに大量に生み出されている。しかも、それらの人の受け皿として想定されているのが、家族相互の助け合い(国民会議報告書では「互助」に含まれていたが、プログラム法では「自助」の一部とされている)であり、ボランティアや地域の絆という実態のあいまいな互助である(国民会議報告書のいう「病院・施設から地域・在宅へ」)。これでは、十分に治っていないのに病院から退院させられ、その受け皿もあいまいなままで、安心には程遠いシステムというほかない(家族や地域で受け止められない人は「川下」から「海」まで流されていくのか!)。追加の費用負担が可能な高齢者は、民間営利企業の健康産業に受け止めさせることが想定されているが、利用できるのは、ごく一部の高所得の高齢者に限られる。

 

こうした方針のもと、2014年6月に、急性期病床を削減し、安上がりの医療・介護提供体制を構築することを目的とし、医療法など19法律を一括して改正する「地域における医療及び介護の総合的な確保を推進するための関係法律の整備等に関する法律」が成立し、それにともない介護保険法が改正され、2015年4月から施行されている(以下「2014年改正法」という)。2017年5月には、これまた11の法律を一括で改正する「地域包括ケアシステムの強化のための介護保険法等の一部を改正する法律」が成立し、介護保険法が改正され、大半は2018年4月から施行されている(以下「2017年改正法」という)。

 

 介護保険法の改正は、いずれも、介護保険法単独の改正ではなく、医療法の改正などとともに一括法案の形で国会に法案が提出されている点に特徴がある。一括法案による法改正は、国会に一挙に膨大な資料が提出されるため、国民にほとんど知られることがなく、かりに知られても、はほとんど理解されず、わずかな審議時間で法案が成立し、しかも細かな内容は政省令に委ねられる形で、重要な改正が断行されている点で問題が大きい。「法律による行政の原理」および国会審議の形骸化を招く結果をもたらしているからである。

 

 

 

(2)介護職員の労働条件の現状と処遇改善

 

現在の介護保険の最大の課題である介護職員の処遇改善については、安倍政権は、201712月に「人づくり革命」と「生産性革命」を柱とする2兆円規模の「新しい経済政策パッケージ」を閣議決定し、201910月からの消費税増税による増収分を財源に1000億円を投じ、勤続10年以上の介護福祉士に月額平均8万円の処遇改善を行うとしている。しかし、介護職員の処遇改善には、介護報酬の基本報酬の大幅引き上げが必要となるが、2018年改定程度の微々たる引き上げでは、2015年改定の引き下げ分の回復に到底及ばず、介護職員の処遇改善と人材確保は絶望的といってよい。

 

 公益財団法人介護労働安定センターの「平成29年度介護労働実態調査結果」(2018年8月3日発表)によると、介護職員の離職率(201610月1日~2017年9月30日までの1年間)は16.2%と、前年度の16.7%とほぼ同じ割合であったが、採用率は17.8%で、前年度の19.4%を下回っている。離職率は、ここ数年は1617%で推移しているが、採用率は減少傾向にあり、人材確保の厳しい現状が見て取れる。また、離職者のうち勤務年数「1年未満の者」が38.8%、「1年以上3年未満の者」が26.4%と、離職者のうち実に65%が、当該施設・事業所等に就職して3年未満の者である実態が明らかになっており、新規に職員を採用しても、定着する前に多くが辞めてしまうのが現状といえる。介護の仕事は、ある程度の経験と技能の蓄積が必要だが、必要な経験等を積む前に多くの職員が仕事を辞めてしまっており、介護の専門性の劣化が進んでいる。すでに学生が集まらずに廃校に至った介護福祉士養成学校もあり、養成の基盤の毀損も回復困難な程度に達している。経験を積んだ介護職員の減少は、要介護者の介護を受ける権利にも影響を及ぼし、介護の質の低下は避けられず、介護事故も増大している。

 

先の「平成29年度介護労働実態調査結果」によると、介護職員の所定内賃金(月給の者)は、227275円であり、全産業平均(2016年で月333700円。厚生労働省「賃金構造基本統計調査」による)を10万円以上も下回る低い水準となっている。厚生労働省は、2009年度から2015年度までの4回の介護報酬の改定により、合計4万3000円(月額)の賃上げ効果があったと説明し、2017年4月には、介護職員の給与を月額平均1万円程度引き上げる処遇改善加算を新たに設ける臨時の報酬改定を行った。しかし、2015年度の介護報酬実態調査では、手当や一時金を除くと、基本給の増額は月額2950円にとどまり、過去4回の診療報酬改定でも、基本給は合計で月額1万3000円増えたにとどまる。これは、加算を設けても、加算を算定できる事業者は限られていること、介護報酬本体(基本報酬)が削減されているため、介護職員の基本給の引き上げにまで回っていないことによる。介護職員の処遇改善は進んでおらず、介護現場の深刻な人手不足は解消される見込みは立っていない。職員が集まらないことによる事業者の開設断念や廃業等が増大している。

 

2018年改定では、訪問介護の生活援助に特化した人員育成のため、介護職員初任者研修よりも研修時間を短くした簡易な研修を新設(その場合には、報酬単価はさらに引き下げられることになろう)、また介護施設などで、夜間業務について見守り機器を導入した場合に介護職員の配置基準を緩和するなど、基準の緩和や介護職の専門性を低下させた「安上がり」の人材(つまりは専門性が低く、給料が安い人材)を確保することで介護職の人材難を乗り切ろうとしている。しかし、こうした非現実的な政策では、介護現場の労働強化による離職や人員不足をさらに加速するだけである。

 

 

 

(3)制度的必然といえる介護職員の労働条件の悪化

 

給付金・直接契約方式をとる介護保険のもとでは、介護事業者・施設が代理受領する給付金は、本来は、給付資格を認められ、サービスを利用した要介護者に支給されるものであるから、従来の補助金のような使途制限はない。つまり、事業者が株式会社であれば、売り上げとして収益となり、株主の配当に回すことが可能となる。

 

確かに、こうした仕組みの介護保険の導入で、在宅事業には多くの株式会社が参入し、供給量の増大がはかられた。しかし、株式会社のみならず、社会福祉法人などの非営利法人も、介護保険法のもとでは、介護報酬と利用者の利用料で運営していくことが基本となるので、介護報酬の引き下げが続く状況では、事業の効率化とコスト削減を迫られる。介護事業は労働集約的で、事業支出の大半を人件費が占めるため、コスト削減とは、人件費の削減を意味し、それは必然的に介護職員の労働条件の悪化をもたらす。具体的には、介護職員の賃金引き下げ、正規職員のパート職員への置き換えとそれに伴う正規職員の過重労働が進み、職員間の引き継ぎも十分できない状態にある。特別養護老人ホームで月に6~7回の夜勤をこなす介護職員も珍しくなく、健康を害する介護職員も増大している。

 

介護職員の労働条件の悪化は、介護の質の低下、ひいては介護事故の多発に結びつく。OECD(経済開発協力機構)教育委員会の「幼児教育・保育政策に関する調査プロジェクト」の報告書“Starting Strong:Early Childhood Education and Care”(2006年)によれば、欧米諸国における実証研究の結果から、利用者補助方式(要介護者に対する給付金方式をとる介護保険の仕組み)よりも施設補助方式(従来の高齢者措置制度の仕組み)の方が、質の面で統計的に有意に優れていることが立証されている。このことは、給付金・直接契約方式(利用者補助方式)をとる介護保険制度のもとでは、介護の質の向上がはかれない(むしろ後退する)ことを意味している。介護保険のもとでの以上のような介護職員の劣悪な労働条件と人材不足は、まさに制度的にもたらされたものなのである。

 

 

 

(4)介護保険の危機的状況

 

通常のサービス事業の場合、労働力不足が顕著になると、市場原理が作用し、賃金の上昇がみられるが、介護事業の場合は、介護報酬が公定価格であるため、労働力不足が生じても賃金は上昇しない。賃金の引き上げのためには、介護報酬の引き上げが必要となるが、それは市場原理ではなく、国の財政事情など政策判断に基づいて行われる。

 

介護保険制度は、給付費総額と保険料が連動する仕組みで、施設やサービス利用が増え、また介護報酬を引き上げると、介護給付費が増大し、介護保険料の引き上げをもたらす。しかし、介護保険の第1号被保険者の保険料は、定額保険料を基本とし逆進性が強く、低所得を理由とした保険料免除を認めず、月額1万5000円という低年金の高齢者からも年金天引きで保険料を徴収する仕組みのため、保険料の引き上げには限界がある。介護保険事業計画の策定にあわせて3年ごとに改定される第1号被保険者(65歳以上の高齢者)の介護保険料は、第7期(20182020年度)で、全国平均月額で5869円と、2000年の導入時から18年間で倍以上となっており、結果として、介護報酬の引き上げは、現在の給付抑制策のもとでは不可能な状況にある。さらに、介護報酬を引き上げたところで、使途制限がないため、確実に介護職員の賃金上昇につながる保証もない。

 

そして、給付抑制の連続の介護保険制度改革は、介護保険の矛盾や危機的状況をさらに深刻化している。このままの改革を進めていけば、許容可能な介護保険料の範囲まで給付水準を徹底して切り詰めることとなり(具体的には、「要介護1・2」の高齢者を保険給付から外す、利用者負担を原則2割に引き上げるなど)、その結果、制度から排除され、必要な介護サービスが利用できない高齢者が大量に出現し、家族介護の負担が増大し、「介護心中・介護殺人」と称される悲惨な事件がいっそう増大することとなろう。

 

もともと、介護保険制度創設の目的は、増え続ける高齢者医療費を抑制するため、医療から介護を切り離し、より安上がりの介護システムに移行させることにあった。同時に、介護保険制度は、低所得を理由とした保険料免除を認めず、月額1万5000円という低年金の高齢者からも年金天引きで保険料を徴収し(特別徴収)、給付費総額と保険料が連動する仕組みを構築しており、介護保険料の引き上げや利用者負担の増大(保険給付の縮小)、保険料滞納者への給付制限の徹底などにより、きわめて保険主義的な制度、私保険に近い制度として設計されている。社会保障制度としての社会保険には「保険原理」を修正する「社会原理」も内在しているが、保険料負担(拠出)と給付を連結させる「保険原理」のみが強調され、強化されてきたといってよい。そして、この間の給付抑制と負担増を中心とした改革は、要支援者の訪問介護・通所介護の保険外しにみられるように、保険料を払っていながら、さらには保険事故が生じて、給付資格(要支援)を認定されながらも、保険給付が受けられないという、介護保険の「保険原理」を崩す改革にまでに至り、介護保険をして「国家的詐欺」とまで揶揄される事態を招いている(伊藤周平・日下部雅喜『新版・改定介護保険法と自治体の役割-新総合事業と地域包括ケアシステムへの課題』自治体研究社、2017年、140頁(日下部執筆)参照)。

 

以下、こうした危機的状況にある介護保険の抜本改革案と介護保険法の廃止を含めた将来的な課題を提示する。

 

 

 

3 介護保険の抜本改革案と総合福祉法の構想

 

(1)介護保険の抜本改革案

 

まず、社会保険方式を維持するのであれば、介護保険料を所得に応じた定率負担にし、賦課上限を撤廃するなどの抜本改革が不可欠となる。そのうえで、住民税非課税の被保険者については介護保険料を免除とすべきである(そもそも、住民税も課税されないような低所得の人から保険料を徴収すべきではない)。実際、ドイツの介護保険では、保険料は所得の2%程度の定率になっている。

 

同時に、コンピューター判定と身体的自立度に偏向した現在の要介護認定を廃止し、医師や介護職による判定会議による認定の仕組みに改める必要がある。ドイツでは、認知症高齢者の増大にともない、介護保険の要介護認定の抜本的見直しを行い、認知症高齢者の独自の基準を設定している。認知症高齢者の増大が続いている日本でも、要介護認定の見直しが模索されるべきである。

 

そのうえで、人員配置基準を引き上げ、介護報酬を引き上げるとともに、介護報酬とは別枠で、公費で負担する処遇改善交付金を(公費であれば介護保険料にはねかえらない)、介護職員だけでなく、看護職員や事務職員などにも対象を拡大して創設すべきである。国レベルでの創設がすぐに難しければ、当面は、自治体に働きかけ、自治体独自の処遇改善交付金の創設を求める取り組みが必要だろう。医療・介護分野の雇用創出効果は、公共事業よりも高いことは実証されており、介護職の待遇改善は、人口減少に悩む地方に若者を呼び戻す契機にもなり、地域再生につながるはずである。

 

加えて、家族介護者に対する現金給付を介護保険の給付として制度化すべきである。日本の介護保険は、サービスを利用したときの給付しかないが、ドイツでは、現金給付が制度化されており、現金給付とサービス給付とは選択でき、あるいは併用することも可能である(ただし、現金給付を選択した場合には支給額はサービス給付よりも低くなる)。現金給付を選択した場合でも、保険者である介護金庫は、適切な介護がなされているかを調査するため、定期的にソーシャルステーションの職員を、現金給付受給者宅に派遣することが義務付けられている。さらに、介護者と要介護者との間に就労関係を認め、自治体が介護者の労災保険料を負担し、介護者が介護に基づく傷病に遭遇した場合には、労災の給付対象とする仕組みが導入されている。日本では、家族などの介護者に対する支援は、地域支援事業の中に位置づけられているものの、任意事業のため、自治体によってばらつきがあり、内容も介護者交流会の開催や相談などにとどまっており、実効的な介護者支援は皆無といっても過言ではない。ドイツのような現金給付を導入すれば、家族介護者の労働法的権利を保障することができるし、介護者の支援にもなる。それに伴う介護保険料の高騰については、前述の定率保険料の導入のような抜本改革で対応すべきである。

 

 

 

(2)社会保険方式の破綻と総合福祉法の構想

 

将来的には、社会保険方式で介護保障を行うことの破綻が明らかになっている以上、介護保険法は廃止し、訪問看護や老人保健施設の給付などは医療保険の給付にもどしたうえで、高齢者や障害者への福祉サービスの提供は、自治体の責任(現物給付)で公費負担方式により行う総合福祉法を制定すべきと考える。

 

  介護保険の導入には、医療の給付から訪問看護や老人保健施設の給付を切り離すことで、医療費(とくに高齢者医療費)の抑制を図る目的があった。それゆえ、医療制度改革により、必要な医療やリハビリが受けられなくなった高齢者の受け皿として介護保険の給付を再編していく方向がみられる(前述の「地域包括ケアシステム」の構想)。しかし、こうした方向は望ましいとはいえず、介護保険の給付のうち、訪問看護などは医療の給付に戻すべきである。そうすれば、特別養護老人ホームや老人保健施設の入所者への診療の制約もなくなり、福祉サービスと同時に必要な医療を受けることができるようになる。また、介護保険による医療の安上がり代替も防げる。ただし、高齢者医療費をはじめ、医療保険の負担が増えることになるので、それについては、公費負担や事業主負担の増大により対応していくべきである。

 

また、給付金方式・直接契約方式を廃止し、市町村と高齢者・障害者との契約という形で、市町村が直接的な福祉サービス提供の責任を負う方式にすべきである。市町村委託方式に戻すことで、社会福祉事業は、給付費を代理受領するのではなく、委託費を受けて運営することになり、運営の安定性を確保することができる。委託費の額を増額していけば、職員の労働条件の改善も可能となる。問題は、こうした税財源をどう確保するかである。

 

 

 

4 社会保障財源としての消費税

 

(1)消費税が増税されたのに、社会保障は削減?

 

 社会保障の財源については、前述のように、消費税がその主要財源と位置付けられてきた。しかし、安倍政権のもとで、2014年4月に、消費税が8%に引き上げられたにもかかわらず、前述のように、社会保障は充実するどころか、削減されているのはなぜか。

 

政府は、消費税率8%引き上げの初年度の消費税増収分は5.1兆円で、基礎年金の国庫負担財源に2.95兆円、後代への負担のつけ回しの軽減に1.45兆円、社会保障の充実に5000億円を配分したと説明している。これをみると、大半は社会保障の安定化に使われ、充実は増収分の1割にすぎない。2018年度予算でみても、消費税増収額の合計8.4兆のうち、基礎年金財源に3.2兆円、後代への負担のつけ回しの軽減に3.4兆円、社会保障の充実に回されるのは1.35兆円と、増収分の16%程度にとどまる。

 

また、政府は「後代への負担のつけ回し」の表現にみられるように、社会保障の費用の大半を借金で賄っているかのような説明しているが、社会保障費は、他の歳出項目と同様、国債を含めた歳入全体から支出されており、所得税や法人税などの税収によっても賄われている。歳入に占める国債の割合は4割程度で推移しているから、それで案分しても、社会保障費のうち借金に依存しているのは4割程度と推計される。そして、社会保障の安定化に消費税収を用いるということは、これまで社会保障に充てられてきた法人税収や所得税収の部分が浮くことを意味する。つまり、消費税増税による増収分の大半は、社会保障の安定化と称し、法人税減税などによる減収の穴埋めに使われているわけである。

 

 

 

(2)法人税減税と消費税増税はセットか?

 

実際、消費税の増税にあわせるかのように、法人税の減税が行われてきた。すでに、民主党政権のときの2012年より、法人税率は30%から25.5%に引き下げられ(法人実効税率は35.64%に)、安倍政権になると、成長戦略の一環として法人税減税が加速する。まず東日本大震災復興のための特別法人税が1年前倒しして2014年3月末で廃止され(約8000億円の減収)、ついで、2015年度には、法人実効税率がさらに32.11%にまで引き下げられた。そして、2016年度には、消費税率を10%に引き上げる際に、酒類と外食を除く飲食料品、新聞(定期購読契約が締結され週2回以上発行されているもの)について税率を8%に据え置く軽減税率(正確には「税率据え置き」というべきだが)の導入が決定されると同時に、法人実効税率が29.97%と、ついに20%台にまで引き下げられた。2018年には、法人税率も23.2%となっている(消費税導入時の1989年には40%)。

 

ここで、法人税の実効税率とは、法人税、法人住民税、法人事業税のほか、地方法人特別税、地方法人税を含む、企業など法人が負担している税額総額の法人所得に対する比率をいう。主要国でみると、アメリカは約40%、フランスは約33%、ドイツは約30%、イギリスは約28%などとなっており、日本の税率が高いことが指摘され、このことが法人税率の引下げの論拠となっている。しかし、法人税の実効税率は、計算上の表面的な税率を示したもので、実際の負担率を意味するものではない。日本の税制では、研究開発減税をはじめ多くの減税措置(租税特別措置)があり、これらを利用できる大企業(資本金10億円以上の企業をさす。以下同じ)の実際の税負担率は、表面上の税率よりはるかに低くなっている(詳しくは、富岡幸雄『税金を払わない巨大企業』文春新書、第1章参照)。

 

こうみてくると、法人税減税は消費税増税とセットであることがわかる。法人税収と消費税収の推移のデータをみても、地方税分を含めた法人3税の税収の税率引き下げなどによる累計減収分は、1990年から2017年までで280兆円に達する。1989年からの消費税収の累計は、地方分を含めて349兆円となっており、消費税の増収分の8割は法人税の減税の穴埋めに使われたこととなる。

 

法人税については、企業立地の選択が、グローバルな視点で展開される中、法人税が立地選択の要因として挙げられ、その引き下げが強く求められてきた。しかし、企業立地の選択に影響する要因は、市場アクセスと情報獲得の利便性、賃金と労働市場、物価、為替相場、治安、教育・技術水準、保健衛生、規制など多様であり、税制はそれらと並ぶ一要素にすぎない。また、法人税を減税しても、減税分の利益の大半は、株主への配当や役員報酬、企業の内部留保となり、労働者の賃金には回ってきていない。労働者の賃金は1998年から下がり始め、それと並行して日本の経済成長も停滞している。経済のグローバル化に対応して国際競争力をつけるためと称して、人件費の削減が徹底して行われ、労働者の賃金が上がらない構造ができあがったといえる。労働組合の組織率が17%と低下し、組合の交渉能力が弱体化したことも影響している。一方で、資本金10憶円以上の大企業の内部留保は440兆円と最高額を更新し続けている。

 

 

 

5 消費税の諸問題

 

(1)強い逆進性

 

何よりも、消費税は税制度として根本的な欠陥があり、以下のような問題を抱えている。

 

第1に、日本の消費税は、一部の例外を除いてほぼすべての商品やサービスの流通過程にかかるため、家計支出に占める消費支出(とくに食料品など生活必需品)の割合が高い低所得層ほど負担が重くなる逆進性の強い税である。

 

こうした消費税の逆進性は、すでに多くの論者によって指摘され実証されているが、高所得者ほど、株式投資や預貯金などの金融所得が多いため、所得比でみた消費税の逆進性はいっそう強まる傾向がある。そして、消費税の強い逆進性は、それを社会保障の財源に用いれば、社会保障の所得再分配機能を減殺してしまうばかりか、消費税増税への同意が得にくくなるため、政治的に増税が難しくなり、社会保障削減という政策選択がされやすい。実際に、安倍政権のもとで、消費税率の引き上げは2度延期され、それを口実に、社会保障が削減されている。

 

日本の消費税率は、ヨーロッパ諸国の付加価値税(日本の消費税に相当)に比べれば低く、それが税率引き上げの根拠とされているふしある。しかし、財務省が発表している最新の消費課税の概要(国税)をみると、国税収入に占める消費税収の割合は、29.4%に達している(2015年度)。これは税率20%のイギリスやフランスの同割合(それぞれ25.8%、24%。2013年の割合)よりも高い水準で、ドイツ(税率30%)と同じ水準だ。イギリスなどでは、食料品など生活必需品は、ゼロ税率や軽減税率であるのに対して、日本の消費税は、家賃や授業料などの非課税の品目があるだけで、ゼロ税率や軽減税率はなく単一税率であるため、税率は低くとも、税収は大きくなっているのである。さらに、食料品の税率をくらべてみても、イギリスは0%、ドイツは7%、フランスは5.5%であり、日本の8%が一番高くなっている。日本の消費税率8%は、負担する側からすれば、とくに低所得の人にとっては、重い税であり、十分高いといえる(重税感が強い)。

 

(2)貧困や格差を拡大する消費税

 

また、消費税は、法人税や所得税のように利益に課税する税ではなく、事業の付加価値に課税する税のため、年商1000万円(消費税の免税点)以上の事業者であれば、事業が赤字であっても納税額が発生し、滞納が生じやすい。実際、消費税は、国税のあらゆる品目の中で最も滞納が多い。消費税法では、消費税の納税義務者は事業者とされているが、商品の価格は、自由市場の中で決まるため、消費税分は物価の中に埋没し、商品等の流通過程で誰が消費税分を負担しているかは明らかではなくなる。消費税分の転嫁は、市場での競争力や力関係によって決まり、力関係において劣位に置かれている下請けや零細事業者などは、価格に転嫁できず、消費者から預かってもいない消費税分を、自腹を切って納付しなければならなくなる。結局、力の弱い中小零細企業・自営業者が負担を強いられる仕組みで、滞納が多いのもそのためである。消費税の滞納が急増した1998年(前年に消費税率が5%に引き上げられた)は、自殺者がはじめて年間3万人を超えた年であることを考えれば、10%への消費税率引き上げは、転嫁ができず納税を迫られる中小企業経営者・自営業者に壊滅的打撃を与え、廃業や自殺者を増加させる可能性が高い。

 

一方で、消費税は、輸出還付金により輸出大企業には大きな恩恵を与えている企業が海外に輸出した製品については、日本の消費税を預かることはできず、製品になるまでに支払ってきた消費税分が「損税」として、企業が負担することになり、これを払戻税として還付を受けることができる。この輸出還付金は、2013年度決算期で、金額1位のトヨタ自動車で、年間およそ1800億円、上位20社(日産自動車、キャノン、ソニーなど)で合計およそ1兆円にのぼっており、同年度の還付金の合計額は3兆2000憶円で、輸出還付金控除前の消費税収166137億円の約2割に相当する(湖東京至「消費税の何が問題なのか-不公平性を払拭できない欠陥税制」『世界』2014年2月号)。消費税率が引き上げられれば、当然、輸出還付金が増大する(2013年当時は税率5%であったから、8%の現在は、輸出還付金も確実に増大しているはずだ)。輸出大企業を中心とする財界が、消費税増税を求めているのもこのためである。

 

さらに、消費税は、間接的ながら雇用破壊税としての性質も有している。企業は、正社員を減らし、必要な労働力を派遣や請負などに置き換えれば、それらの経費は、消費税の「仕入れ税額の控除」の対象となるため(正社員への給与はならない)、当該企業の納める消費税の納税額が少なくなる。そのため、消費税の増税は、企業による正社員のリストラや非正規化・外注化を促進しやすい。5%に消費税率が引き上げられた1997年以降、それに呼応し、労働分野の規制緩和がなされ、派遣労働者や非正規労働者が増大している。

 

以上のように、消費税は増税すればするほど、富める者がますます富み、貧しい者がますます貧しくなる、究極の不公平税制といえる。そして、消費税を社会保障の主要財源とすると、消費税の増税自体が、貧困や格差を拡大するので、それに対処するため、社会保障支出の増大が不可避となり、消費税を増税し続けなければならなくなる。増税ができなければ、社会保障を削減し、貧困と格差の拡大を放置するかしかない。消費税は、社会保障の財源として最もふさわしくないどころか、まさに社会保障の破壊につながる(詳しくは、伊藤周平『消費税が社会保障を破壊する』角川新書、第5章参照)。そもそも、社会保障の費用すべてを消費税収で賄うことなど不可能であり、そうしている国など存在しない。社会保障の費用は、あらゆる税収で賄われるのが当然だからだ。

 

(3)軽減税率をめぐる問題-逆進性の緩和=低所得者対策となるのか?

 

一方、軽減税率については、すでに40年近くにわたって軽減税率(複数税率)を採用してきたヨーロッパ諸国において、逆進性の解消にはほとんど役立たない、つまり低所得者対策になりえないことが繰り返し指摘されている。IMF(国際通貨基金)も、所得再分配効果が期待できない、不正も防げない、さらには徴税コストが高いなどの理由から、軽減税率による複数税率よりも単一税率が優れているとしている。

 

前述のように、消費税法では、価格決定権は、事業者に任されている。価格は需要と供給で決まり、しかも、軽減税率の対象となる食料品の場合、価格は気候や経済情勢に左右されやすく、軽減税率が適用されたからといって、価格が据え置かれる可能性はほとんどない。経済情勢によってはむしろ引上げられることすらある。これでは逆進性の緩和には役立たないし、消費税率の10%の引上げそのものを中止する方がはるかに効果的といえる。

 

より深刻な問題は、軽減税率の導入は税収減をもたらし、それを相殺するために、さらなる消費税率の引上げが必要となることだ。軽減税率を採用しているヨーロッパ諸国で付加価値税の税率が20%台に達している国が多いのは、そのためである。今回の食料品等の8%の軽減税率(税率据え置き)についても約1兆円の税収減となると試算されている。そして、消費税が社会保障の主要財源と位置付けられている日本では、軽減税率導入による税収減の穴埋めとして社会保障削減に真っ先に手を付けられることとなる。実際、軽減税率の財源確保と称し、低所得世帯の医療・介護・保育・障害の4分野に自己負担総額の上限を設ける「総合合算制度」の新設を取りやめ、そのための財源約4000億円が穴埋め財源とされようとしている。また、子育て世帯臨時特例交付金が2016年度から廃止された。

 

そして、多くの国民も、社会保障の財源=消費税と思い込まされているため、軽減税率により税収が減少すれば、社会保障費が削られても仕方がないと納得してしまう。だが、軽減税率による税収不足を、社会保障削減で埋め合わせるのでは、低所得者対策にならないばかりか、低所得者から高所得者に財源が配られることを意味する(岩本沙弓「愚かなる消費税10%-軽減税率は社会保障費を削って低所得者から高所得者に財源を移すだけ」『Voice2016年2月号)。

 

軽減税率導入をめぐるもう一つの問題は、どの商品やサービスを軽減税率の対象にすべきかの線引きが難しく、軽減税率の対象を決定する権限を有している財務省や政治家への業界団体の働きかけ、陳情合戦が横行し、激化する可能性が高いことだ。今回、軽減税率の対象となったのが新聞や食料品であることも示唆的である。新聞は代表的なマスメディアであり、食品会社は主要メディアの重要なスポンサーだからだ。新聞業界などが軽減税率の適用を受けるために、消費税および軽減税率の本質や問題点に踏み込む報道をしなかった(できなかった)ことは十分ありうる。少なくとも、大手4誌といわれる朝日・毎日・読売・日本経済新聞は、社会保障の安定財源確保のためという名目で、こぞって消費税増税に賛同していた(記者など現場の担当者が消費税の本質・問題点を理解していなかったのか、理解したうえで意図的に増税に賛同していたのかは不明だが)。

 

また、軽減税率の対象となった事業者が、その軽減分を最終消費者(製品の購入者)に対して完全に転嫁しない場合(今回の軽減税率で言えば、8%に据え置かない限り)、軽減税率は、特定企業・業界に対する優遇策、補助金と化す可能性が高い。結局、軽減税率の恩恵を受けるのは大企業が中心となり、中小企業は、取り残されてしまう。

 

しかも、中小企業には、複数税率による事務処理、管理費などのコスト増が重くのしかかる。とくに、202310月から、複数税率に対応した適正な課税を受けるため、商品ごとに税率と税額などを記したインボイス(請求書)制度の導入が予定されており、事務処理やそのための経費負担は相当なものになる。これによる倒産も出てくる可能性がある。

 

 

 

6 社会保障財源としての社会保険料

 

 社会保障の財源としては、税のほかに、社会保険料も大きな比重を占めている。

 

国立社会保障・人口問題研究所の「社会保障費用統計」(2015年度の統計・2017年8月発表)をみると、「社会保障給付費」総額は約1149000億円で過去最高を更新、そのうち、年金保険が約541000億円、医療保険(高齢者医療を含む)が約351000億円、介護保険が約9兆3000億円、雇用保険が約1兆8000億円、労災保険が約9000億円であり、これらを合計すると約1012000億円に達し、給付費総額の約88%にあたる。つまり、日本は社会保障給付費の9割近くを社会保険方式で実施している社会保険中心の国なのである。

 

社会保障財源(給付費のほかに管理費、施設整備費なども含まれる)でみても、社会保険料収入が669240億円と、社会保障収入総額の54.3%を占める。社会保険料の内訳は、被保険者本人の負担(被保険者拠出)が353727億円で、事業主負担の315514億円を抜いて最も高くなっている。他の国では事業主負担の方が多いのに、社会保険料の本人負担が重いのが日本の特徴だ。実際、社会保険料の個人負担は、先進諸国ではトップレベルで、個人の所得税負担より社会保険料負担の方が大きいのは、主要国中では日本だけである。

 

しかも、社会保険料は、給付を受けるための対価とされているため、所得の低い人、もしくは所得がない人にも保険料を負担させる仕組みをとることが多く、低所得者ほど負担が重くなる逆進性が強い。国民年金の保険料は定額負担(2017年度で月額1万6490円)で、免除制度は存在するが(ただし、保険料免除の場合は、国庫負担を除いて給付に反映されない)、国民健康保険料や介護保険料については、保険料の軽減制度はあるものの、最大で7割軽減であり、まったく収入がなくても、保険料が賦課される。特別な理由があれば、市町村は条例により保険料を減免することができるが、災害など突発的な理由がある場合に限定されており、恒常的な生活困窮者の保険料免除は想定されていない。また、所得税のような累進制が採用されておらず、保険料負担には上限が存在し(厚生年金保険料について標準報酬月額の上限は62万円)、高所得者の保険料負担は軽減されている。逆進性の強い社会保険料負担は低所得者の家計に重くのしかかり、その生活を圧迫している。

 

加えて、この間、保険料の引き上げや自己負担(医療費の自己負担、介護保険の利用者負担など)の増大、国庫負担の引き下げなどにより、社会保険そのものが、きわめて保険主義的な制度、私保険に近い制度に変容してきた。社会保障制度としての社会保険には「保険原理」を修正する「社会原理」があるが、それが軽視され「負担なければ給付なし」という「保険原理」だけが強調されるようになってきた。なかでも、介護保険制度は、低所得を理由とした保険料免除を認めず、月額1万5000円という低年金の高齢者からも年金天引きで保険料を徴収し、給付費と保険料が連動する仕組みを構築し「保険原理」を徹底した制度である。2008年には、後期高齢者医療制度が導入され、高齢者医療でも、保険料の年金天引き、高齢者医療費と保険料が直結する仕組みがつくられた。また、2018年から国民健康保険が都道府県単位化され、法定外繰入による財政補填は可能とはいえ、医療費と保険料が直結する仕組みが構築された。

 

 

 

7 社会保障財源の再構築

 

(1)憲法にもとづく公正な税制の確立を-税制改革の方向

 

1997年の消費税率の5%への引上げ以降の税制改革(所得税・法人税の減税政策)と賃金所得の低下から、所得税・法人税の税収調達力が低下してきている。所得税収は、ピーク時(1991年度)の26.7兆円から、2015年度で16.4兆円と10兆円以上減少し、法人税収もピーク時(1989年度)の19兆円から11兆円と激減している。これに対し、消費税は、2014年4月からの税率8%への引上げで、2015年度は17.4兆円と、法人税収を抜いて所得税収につぐ基幹税となっている。消費税率が10%に引き上げられれば、消費税収が所得税収を上回ることは確実である。

 

税制の基本原則は、負担能力(税法では「担税力」といわれる)に応じた負担、すなわち「応能負担原則」にある。この原則は、日本国憲法25条の生存権規定から導き出される要請である。同時に、国民が「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」(憲法25条1項)を公権力が侵害してはならない、つまり、最低生活費に食い込むような課税や社会保険料の賦課は行ってはならないという「最低生活費非課税原則」もそこから導き出される基本原則である(北野弘久・黒川功補訂『税法学原論(第7版)』勁草書房、122頁)。所得税は、所得が高いほど税率が高くなり(最高税率が下げられてきたという問題はあるが)、基本的に応能原則で貫かれているが、消費税は、逆進性の強い不公平税制である。応能負担原則に反する消費税が、所得税や法人税の税収を追い抜き国の税収の第1位となるなど、どう考えても異常というほかない。こうした異常ともいうべき不公平税制を是正するため、所得税や法人税の累進性を強化し、大企業や富裕層への課税を強化し、社会保障財源とすべきである。税の所得再分配機能を強化する憲法の原則に基づいた税制改革が必要となる。

 

まず、日本の所得税率は、1986年まで、15段階、最高税率70%(住民税の最高税率18%)であったが、現在は、7段階、最高税率45%(住民税の10%とあわせて最高税率55%)と累進性が大きく緩和されてきた。少なくとも、最高税率の水準を1986年水準にまで戻せば、相当の税収増になるはずである。

 

また、法人税については、少なくとも、法人税の減税は早急に中止し、引き下げられてきた税率をもとに戻し、さらに引上げも検討すべきだろう。とくに、大企業に集中する租税特別措置法による減税措置で1兆5361億円、法人税法の減税措置で4兆2612億円、合計で5兆7973億円となっている(2014年度。「租税特別措置の適用実態調査」による)。こうした租税特別措置の廃止、少なくとも縮小で、法人税の課税ベースを拡大すべきである。

 

「不公平な税制をただす会」によれば、以上のような不公平税制の是正により、2017年度の増収試算額は、国税で273343億円、地方税で106967億円、合計38310億円にのぼるとされている(不公平な税制をただす会編『消費税を上げずに社会保障財源38兆円を生む税制』大月書店、100-103頁)。

 

 

 

(2)社会保険改革の方向

 

ついで、社会保障財源の再構築のためには、社会保険改革が必要となる。

 

具体的には、社会保険料について減免措置の拡大が不可欠である。とくに、国民健康保険料・介護保険料・後期高齢者医療保険料については、収入のない人や低所得(住民税非課税)の被保険者の保険料は免除とし、保険料賦課上限の引き上げ、応益負担部分の廃止、所得に応じた負担の徹底などの抜本改革が求められる。社会保険料も憲法上は租税の概念に含まれており、保険料負担についても、応能負担原則・累進負担の原理・最低生活費非賦課の原則が適用されなければならない(北野・前掲書 115頁参照)。また、他の国に比べて社会保険料負担に占める割合が低い事業主負担と公費負担を大幅に増大させるべきである。とくに、国民健康保険については、医療費の定率国庫負担割合を1984年水準の40%に戻し、保険料の大幅な引き下げを行うべきである。

 

とはいえ、たとえば、介護保険料についてみれば、住民税の非課税者は65歳以上の第1号被保険者の約6割にのぼり、これらの高齢者の介護保険料をすべて免除とすれば、もはや保険制度として成り立たないだろう。このことは、そもそも、リスク分散ができないという点で、高齢者が保険集団となる介護保険という制度設計に無理があることを意味している。病気になりやすいうえに、保険料負担能力の低い人が多い75歳以上の高齢者を保険集団とする後期高齢者医療制度にはさらに該当する。高齢者の介護保障を社会保険方式で行うことに、そもそも無理があるといってよい(介護は社会保険になじまない!)。介護保障については税方式への転換が課題といえる。

 

また、年金制度については、社会保険料のほかにも、年金積立金が活用できる。現在の巨額の積立金(150兆円超、年間支払額の2.5倍)を保持していく必要があるのかは疑問である(しかも、国内株式など市場運用されており、巨額の損失が生じるおそれがある)。ヨーロッパ諸国の積立金の残高は給付費1年分が通常であることを考えれば、給付費1年分(約55兆円)を残し、積立金の計画的な取り崩しによる給付、とくに老齢基礎年金の給付額の生活保護基準レベルへの引き上げを行う必要がある。具体的には、年間10兆円ずつ10年かけて取り崩し支給額に上乗せする。その上乗せ分を基礎年金部分に使えば、低年金受給者の暮らしの改善に役立つはずだ(同様の指摘に、山家悠紀夫「社会保障の財源を考える・下-社会保障の支出を賄う財源は十分に生み出せる」保育情報47513頁参照)。

 

 

 

8 課題と展望

 

(1)社会保障要求の封じ込め-財政危機論と強権政治

 

こうした生活困難が拡大する中、社会保障を充実してほしいという国民の要求は高まるばかりだが、安倍政権のもとで、そうした要求を封じ込める政治手法がとられている。

 

まず、国の財政が苦しいという財政危機論が持ち出される(これは、安倍政権に限らず、歴代の政権がそうであったが)。国の借金は1000兆円を超えている一方で、少子高齢化、さらには人口減少社会の進展で、税や保険料を納める社会保障の「支え手」が減るため、現在の社会保障制度は持続できなくなる。「持続可能」な制度(年金制度改革の場合には、これに「世代間の公平の確保」が加わる)にするための改革、すなわち増え続ける社会保障費を削減・抑制する改革が必要だとし、社会保障の充実を求める声を封じ込める。同時に、社会保障の充実のためには、消費税の増税しかないと半ば脅しともいえる宣伝を行う。少子高齢化の進展と人口減少社会の到来→社会保障の支え手の不足→社会保障の持続可能性確保のための歳出削減と消費税の増税というお決まりの図式である。高齢者人口(65歳以上の人口)を生産年齢人口(20歳から64歳までの人口)で除した数値をもとに、およそ半世紀前(1965年)には、65歳以上の高齢者1人をおよそ9人の現役世代で支える「胴上げ型社会」だったが、近年(2014年)には、3人の高齢者1人を3人の現役世代で支える「騎馬戦型社会」になり、2050年には、1人の高齢者を現役世代1人で支えなくてはならない「肩車型社会」になるという、政府が大々的に宣伝している「肩車型社会」論(財務省のホームページにも掲載されている)が典型である。

 

しかし、少し考えてみればわかるが、政府のいう財政危機論は事実の誇張であり、「肩車社会」論は明らかな誤りである。まず、国の借金だが、2014年末の統計(国民所得統計)でみると、日本政府(国と自治体をあわせた政府部門全体)の債務残高は1212兆円であり、国民総生産(GDP)の2.4倍に及ぶ。しかし、その一方で、政府部門の資産残高は1199兆円(金融資産598兆円、非金融資産601兆円)もある。すなわち、日本政府は巨額の債務を抱えてはいるが、ほぼそれに見合うだけの巨額の資産を保有していることになる(山家悠紀夫「社会保障の財源を考える・下-社会保障の支出を賄う財源は十分に生み出せる」保育情報47512頁参照)。つぎに「肩車型社会」論であるが、生産年齢人口のすべての人が働いて税・保険料を納めているわけではないし、高齢者でも働いて税・保険料を納めている人は多数いる。正確には、総人口を労働力人口(15歳以上の人口のうち、休業者を含む就業者と失業者の合計)で除して、労働力人口1人当たりが何人を扶養することになるか(労働人口扶養比率)をみるべきだろう。これで計算すると、2010年で、労働力人口扶養比率1.88に対して、2050年のそれは2.05と、労働力人口一人当たりの社会的扶養の負担は、1.1倍程度の増加にとどまるとの推計がある(醍醐聰『消費税増税の大罪』柏書房、145頁)。女性や高齢者の労働市場への進出率が高まると見込まれ、総人口が減少していくからである。正規雇用を増やして、賃金を上げていけば、社会保障の「支え手」は増えるし、人手不足は解消されるはずだ。そして、社会保障の充実は、経済成長と雇用の創出に寄与する(このことは『厚生労働白書』でも言及されている)。とくに介護職の待遇改善を実現すれば、高齢化と過疎に悩む地域社会でも、若い人が戻って地域の活性化につながる。

 

また、これは安倍政権に顕著な特徴だが、生活保護バッシングのように、生活保障を求めようとする人を「怠け者」や「不正受給者」のごとく攻撃し、助けを求めさせない、声を上げさせない社会的雰囲気が作りだされている(助けを求めたら、バッシングされる!)。社会保障を公的責任による保障の仕組みとしてではなく、家族や地域住民の「助け合い」(共助)の仕組みと歪曲し、できるだけ公に頼らず、自助や家族で何とかすべきだという自己責任論が強調される。自民党の「日本国憲法改正草案」(2012年4月27日決定)の24条は、新たに1項を設け、「家族は、互いに助け合わなければならない」と規定している。そのこと自体が、戦前の家制度など古い価値観の復活を思わせるが、社会保障との関係では、自助や共助の基本的単位として、家族内での助け合い、つまりは扶養が強要されるおそれがある。そこでは、家族の扶養や助け合いで何とかならないこそ、社会保障が生まれて発展してきたという歴史的事実が全く看過されている。

 

 

 

 

 

 

 

(2)声をあげはじめた人々

 

そして、いま社会保障削減と相次ぐ給付引き下げに対して、当事者が声をあげはじめている。もともと、日本の人権をめぐる訴訟の中で、さまざまな困難をかかえつつも、生活保護基準の違憲性を争った朝日訴訟など、固有の人名を付した裁判として、活発に提訴されてきたのが、憲法25条の生存権をめぐる裁判であった。

 

まず、生活保護基準の引き下げについては、同基準の引き下げを違法とする行政訴訟(「いのちのとりで裁判」といわれる)が、全国で29件提訴され、原告は1000人を超え(201712月現在)、生活保護史上空前の裁判運動に発展している。年金給付の引き下げについても、全日本年金者組合の組合員を中心に、全国で12万人を超す集団審査請求の運動が展開され、それを受けて、全国42都道府県の原告が39の地方裁判所に年金減額に対する取消訴訟を提起している(2017年9月現在)。こちらは原告4000人を超え、社会保障をめぐる史上最大の集団訴訟に発展している(講師も、同訴訟において、原告側の共通意見書を東京地裁などに提出している)。

 

2016年2月には、保育園の入所選考に子どもが落とされた母親が政治への怒りをつづった「保育園落ちた日本死ね!!!」と題するブログが国会質問で取り上げられ、これを契機に、「待機児童ゼロの実現」などを掲げながら、待機児童問題に真剣に向き合おうとも解決もしようとしない安倍政権に対する怒りの声が急速に拡大、同じように保育園の選考にもれた親たちが「保育園落ちたのは私だ!」とのプラカードを手に、国会前で抗議活動に立ち上がった。マスコミにも大きく取り上げられ、待機児童問題が大きな政治問題に浮上し、安倍政権は、待機児童解消を(表面的にでも)重要政策に掲げざるを得なくなった。社会保障の問題を政治問題化し、選挙の争点としていくことができれば、政治を変え、社会保障を充実させていくことができるという展望が見出せる出来事だったといえよう。

 

 

 

(3)対案(選択肢)を示す運動を!

 

若者や学生と接していてわかるのだが、社会保障の複雑な仕組みを知らずに、財政危機だから社会保障削減も仕方がないと諦めている若者が多い(それは若者に限らず多くの国民がそうかもしれない)。年金制度がその典型である。年金なんてもらえないと諦めている学生でも、膨大な積立金があること、それを取り崩していけば、最低保障年金の確立は可能であることを教えると、そんな道があるのかと驚く。明確な選択肢を示せば、多くの人は希望を見出し、その人たちの投票行動につなげることができる。

 

いま、多くの国民は、生活不安・将来不安(とくに老後の不安)を抱え、子育てや医療・介護・年金など社会保障の充実を望んでいる。そして、消費税が増税されても、社会保障は充実しないこと、消費税を社会保障の主要財源とすること(社会保障の充実と消費税増税とをリンクさせること)には無理があるのではないかと気づきはじめている。

 

社会保障と消費税の正確な現状を知らせつつ、市民運動として、野党に働きかけ、消費税増税の中止と医療・介護・年金の充実案、そのための財源は所得税と法人税の累進性の強化によって十分賄えることなどの対案(選択肢)を提示し、野党統一候補の共通政策化し、2019年の統一地方選挙・参議院選挙の争点としていくべきだろう。

 

ダウンロード
第3回 伊藤周平3(99%フォーラム).pdf
PDFファイル 562.9 KB
ダウンロード
第3回学習会(伊藤周平教授)概要とアンケート結果.pdf
PDFファイル 596.2 KB